月夜見
 “名探偵、かく語りき”
  



半月ほどの航海ののち、今朝早くに着岸したのは、
一般船でも海賊船でも区別なく係留させてくれるっていう、
なかなかに豪気なことで有名な商いの街の外港で、

『お金を払ってくれるのならば、街にとっては大事なお客様♪』

よって通報は致しませんが、余計な騒動まではごめんです。
海賊同士の喧嘩でも起こしゃあ、それに関しては通報もしますし、
海軍の臨検がかかりゃあ、庇い立てや隠し立ても致しませんと。
そこのところも前以ての正直に言い放ったところがいっそ男前なほど。
沖合で停船を呼びかけて来た臨検船にて、
その旨への合意書へのサインをしたところ、
わざわざ水先案内のボートが寄って来て、
外側の埠頭へしずしずと案内された彼らであり。

『ここいらは丁度、物資が微妙に足りなくなる中間点だからでしょうね。』

とは、ロビンの見立て。
次へのログを溜めたいだけなら、
窮余の策として、航海士だけがこそり上陸という手もあろうが、
物資の補給や船の補修も必要だという船だったらそうもいかない。

『周辺海域で海賊行為を繰り広げられて、
 物騒なところだという評判が立ちの、一般の客船や貨物船から敬遠されるよりも。
 いっそのこと、そういう輩にも物資を売ってあげて、
 とっとと通過してもらったほうが、損得の算盤では吉だと出たのでしょう。』

そんな説明へ“成程なぁ”と、
いかにも感慨深げなお声を出してた麦ワラ船長も、
自分へどれほどの懸賞金がかかっているのかには相変わらずに無頓着で。
市場の賑わいを観にとウソップと連れ立って降りてって、今はその姿がない。
補給の買い出しから戻って来たトナカイドクターの視野にまず飛び込んで来たのは、
その屈強な肢体を投げ出すようにし、
甲板に大の字になって寝転んでいた緑頭の剣豪さんだけであり。

  ――― だから最初はね、ルフィもどっかにいると思ったんだけど。

「それはねぇな。」

買って来たばかりのまだ冷たいソーダを、
氷たっぷりのグラスに移してくれて、
ほれと差し出したサンジがゆるゆるとかぶりを振って見せる。

「ルフィがいるんなら眸の届くとこに居ようからな。」

どっちが?と訊くと“どっちも”と苦笑して、
ルフィがいるんなら、
遊ぼうとまとわりついてるか、舳先に乗っかってるかのどっちかだろうし、

「逆に、あいつがああも緩みまくっての寝てやがるってこたぁ。
 海に落ちるのを案じてもいねぇし、
 船のどこに居やがるかへ意識を尖らせてもないってことだかんな。」

ふ〜ん?
蹄の間の指の腹へ、冷えたグラスの感触が気持ちいい。
それとは別物、
小さなトナカイドクターの心へ沸き立った“ハテナ?”も
きちんと理屈立っての説明をされて“よしよし”と宥められ、
整然と整理がつくのが、
ソーダの泡が勢いよく去ってくみたいに爽快で気持ちいい。
と、そこへ、

「あ…。」

どこからか飛んで来た小鳥が何羽かいて、
ああそっか、此処は陸だからな。
海の上じゃあ、新聞配達のカモメだけを例外に、
とんでもなくでっかい怪鳥しか飛んでない。
途中に羽を休める止まり木がないからで、
船がいるかどうかなんて判りようもない以上、渡り鳥でも陸沿いに飛ぶもの。
あんな小さな鳥には、島や陸につかないとお目にはかかれなくて、
けど、

「…ゾロに懐いてる。」

寝てるときでも眉間が険しい、
怖い刀を間近に置いた、グランドライン屈指の剣士なのにな。
そりゃあ、始終殺気立ってるようなゾロじゃあないけど。
それでも周囲へ何かしら張り巡らせてるだろうに。
さすがに寝てるときは意識もないから、存在感とか消えてるってことかな。
あ、頭に止まった。他のも近づいてつついてる。
でも………起きないのなぁ。

「そんだけぐっすり寝てるってことだろか。」

感心したように呟けば、
くくって、喉の奥を震わせるような短い笑い声がして、

「まあ、それもあるんだろうが。」

同じ光景を見ていたサンジはそうと言い、
あんだけ濃い羽ばたきの音が、それも顔の間近で立てば、
普通はびっくりもするだろよと続けた。

「そ、そうだよな。」
「なのに起きないってのは、そんだけ鈍感だってことだ。」

殺気まとわした気配や、物騒な嵐を孕んだ どよもしには、
どんなに遠くたって過敏に反応しようにな。
それとの採算取るように、平和で可愛い気配には限りなく鈍感。
せっかくの癒しを勿体ないことだよな、まったくと。
腐すように言うサンジであり、

「…そうなのか?」
「ああ。まずは間違いねぇ。」

ベストスーツの懐ろを長い指でまさぐり、
紙巻きたばこを引っ張り出すと、
慣れた手つきで口元を覆い、風を避けての火を点ける。

“…うわぁ〜vv”

伏し目がちになってる横顔が、何かカッコいいからサ、
目元を細めて笑ったお顔の次に、この時のお顔も好きなんだけど、
それを言ったら照れて見せてくれなくなりそな予感があって、
だから内緒にしているチョッパーで。

「じゃ…じゃあ、鳥たちは動かないゾロだから集まってくるのかな。」
「そりゃどうだろか。」

もう一度、くすすと悪戯っぽく笑ったシェフ殿。
小鳥の言葉だって理解できるチョッパーだろうに、という
意味合いもあっての苦笑であり、

「聞いてみな、きっと美味しい美味しいって言ってるのが聞こえっから。」
「え?」

あまり囀ってないのもそのためだと、やっとチョッパーにも判ったのが、

「あ…パンくず?」
「ああ。」

そこまでもがお見通しだったらしきシェフ殿。
何の抵抗もせぬままのゾロが、
小鳥たちからいいようにつつかれている様をにやにやと眺めやり、

「大方、ルフィが今朝方、
 島が近づいて来たのをあいつの肩車の上から眺めやがったんだ。
 それも朝飯に出した蜂蜜デニッシュを齧りながらな。」


  ……… あ、そっか。


ゾロに、じゃなくって。
ルフィがこぼしたそれだろう、ゾロの頭にまぶされていたパンくずへ、
小鳥たちが集まっていたんだよと、
小鳥の言葉が判らないのに、サンジにはそれもまたお見通しだったことになり。


  ――― サンジは凄いなぁ。
       そうか?
       だってさ、此処に居ないルフィのこと、ゾロを見て判るなんてサ。


ゾロの上へと起こっていることの解説へではなく、
そこからルフィが何してたかまで、
此処には居ないのに見通せるなんて凄いと。
心から感心したチョッパーからの言へ、
心から感心しているのだと判っていればこそのしょっぱそうなお顔になって、

「………。」

うら若きコックさんは後ろ頭をかしかしと掻いて見せ、

「サンジ?」
「あー、いや。何でもねぇよ。」

目元にかぶさる前髪の陰、
薄い唇の端へ浮かんだ苦笑をちろりと舐めてから。

「今日はちょっと蒸すな。3時のおやつにはシャーベットでも作ろうか。」

そうと誘いの一言を洩らせば、

「やたっ! 俺、サンジの作るシャーベット、大好きだっ!」

途端に直前までの話題も放り出し、
素直に はしゃぐちみっこトナカイさんであり。
そうかいそうかいと笑って差し上げ、
ぴょこぴょこ跳びはねるのをあやしつつ、
キッチンのあるキャビンへと、連れ立って去ってゆくのでありました。







  onigiri^mini.gif おまけ onigiri^mini.gif


「何だ? そりゃ。」
「???」

ゾロが小首を傾げつつ起き上がる。
市場から戻って来た船長さんが、
真っ直ぐ自分の傍らへと、名前を呼ばわりながら駆けて来た気配は拾っていたが。
そのまま腹へ飛び乗って来ないのは不自然だったし、
身を起こしながら眠たげな目をこじ開ければ、
ルフィが見下ろしていたのは、剣豪殿が横たわっていた甲板のほうで、

「何でこんな、寝てたゾロの輪郭通りに白い枠が描いてあるんだ?」
「? さあ?」


それって………もしかして。
(笑)




  〜Fine〜  07.7.12.


  *いやはや、蒸し暑い毎日ですよね。
   せめて“緑”で涼んでくださいませですvv

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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